珍 品 | |
靖国刀匠 Yasukuni sword maker |
No.A00137 |
父影 : 白鞘 田野辺探山先生鞘書 銀無垢太刀ハバキ 母影 : 白鞘 銀無垢太刀ハバキ |
売約済 |
(父影) 刃長 : 69.7cm (2尺3寸弱) 反り : 2.6cm (8分) 元幅 : 3.0cm 先幅 : 2.0cm 元重 : 0.75cm 先重 : 0.55cm (母影) 刃長 : 67.2cm (2尺2寸1分) 反り : 2.0cm (6分) 元幅 : 2.7cm 先幅 : 1.85cm 元重 : 0.7cm 先重 : 0.5cm |
登録証 : 三重県教育委員会 昭和26年03月07日 |
国 : 東京都 時代 : 現代 昭和13年 1938年 |
鑑定書 :
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銘 : 父影 : 武徳作 五十八才 父影 昭和十三年六月吉日 高見稔所持 母影 : 武徳作 五十八才 父影 昭和十三年六月吉日 高見稔所持 |
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父影 形状 :
鍛 :
刃文 :
帽子 : 茎 :
鎬造、庵棟、身幅やや広めに、重ね厚く、元先の幅差あり、反り高く、腰元に踏ん張りが強く、中鋒つまりごごろの所謂猪首鋒にて、優美な太刀姿となる。 小板目、極めて良く錬れ、地沸細かによくつき、地景入り、梨子地風の精美な肌合いを呈す。 中直刃を貴重に小互の目・小丁子交じり、足よく入り、処々逆ごころとなり、匂本位に、小沸つき、ささやかな砂流し入る。 直ぐに小丸に返り、先掃きかける。 生ぶ、雉子股形、先浅い栗尻、鑢目切、目釘孔一。 |
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母影 形状 : 鍛 : 刃文 : 帽子 : 茎 :
鎬造、庵棟、身幅やや細身にて、重ねやや厚く、反り深く、小鋒となる小太刀の姿。 小板目、地沸つき、細かい地景入り、精美な肌合いを呈す。 小丁子に小互の目交じり、足よく入り、匂深く、小沸よくつき、部分的に強くつき、金筋太く入り、細か砂流しかかる。 直ぐに小丸に返り、先掃きかける。 生ぶ、雉子股形、先浅い栗尻、鑢目切、目釘孔一。 |
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説明 : 「靖国刀匠」とは、昭和8年7月に当時の陸軍大臣:荒木貞夫が有事に際した軍刀整備の為に組織した刀工集団 (財)日本刀鍛錬会に所属する刀匠たちの通称で、彼らが鍛えた刀剣は「靖国刀」と呼称され、その名は日本刀鍛錬会が靖国神社境内に置かれたことに由来している。創設には後に主事となった海軍大佐:倉田七郎らが尽力し、草創期の主任刀匠として宮口靖広、梶山靖徳、池田靖光などがいる。鍛錬会では、主として通常の軍刀の制作や陸海軍大学校の成績優秀な卒業生に贈られた御下賜刀(所謂恩賜の軍刀)などの制作を行っており、終戦により同会が解散するまでに約8100振の刀を制作したといわれている。現在でも鍛錬所の建物は靖国神社境内に残っているが、内部は改装されて茶室になっている。 梶山靖徳は、本名を梶山徳太郎といい、明治14年2月16日に広島県仁方町に生まれる。横山祐義、父:友平に師事し、初め刀銘を父と同じく「氏正」と切り、「藤原氏正」「芸州住氏正」などと銘す。後上京して、昭和8年7月8日、日本刀鍛錬会に入会し、荒木貞夫陸軍大臣より刀匠銘「靖徳」を授名し、主任刀匠となる。昭和9年12年9日、昭和天皇の陸軍用軍刀を製作する栄誉を得る。同年9月13日、奈良武次陸軍大将(侍従武官長)より刀匠銘「武徳」を授名する。以来、日本刀鍛錬会において勤務鍛刀時には「靖徳」と銘じ、自宅の鍛刀場で造刀したものには「武徳」と銘す。昭和15年6月、退会し広島に帰郷以降、昭和18年11月20日より「大東亜正宗」もしくは「正宗」と銘す。昭和32年1月8日没。(財)日本刀鍛錬会での造刀数:約1250口。昭和17年4月10日、大日本刀匠協会主催・文部省後援 第7回日本刀展覧会文部大臣最高栄誉賞特選。鍛錬会開設時より主任刀匠として参加し、「靖国刀匠」の第一人者であり、宮口靖広、池田靖光とならぶの代表的刀工である。弟子に甥の小谷靖憲(憲三)、五男の梶山靖利(利通)、六男の梶山澄明、大崎繁春(靖宗)などがいる。 この刀は、海軍士官学校の教官であった数学者:高見稔教授が、当時の刀匠界の第一人者である梶山靖徳に父母の形見として製作を依頼した古作-備前長光写しの雌雄の太刀である。「武徳」銘であることから、自宅の鍛刀場で製作され、茎は雉子股形となり、行年・所持者銘が切られており、入念作であることがよくわかる。さすがに出色の出来にして、鎌倉期の優美な太刀姿に、地鉄は、小板目が極めてよく錬れ、地沸細かに良くつき、梨子地風の精美な肌合いとなり、刃文は匂本位の中直刃仕立てに、小互の目・小丁子交じり、足良く入り、処々逆ごころとなるなど古作-備前長光写しの優品である。父影は、2尺3寸弱の堂々とした太刀姿に、匂口の締まった直刃を基調とした静謐な趣きとなり、母影は、2尺2寸1分と小太刀風の姿に、小丁子にやや出入りがあり、小沸がよくつき、部分的に強くつき、刃中も金筋が力強くいり、細かな砂流しがかかるなど華やかな出来映えとなっている。父母の面影を作品に投影したものであろうか。 当時の所持者が判明していることも貴重といえる。 |
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備考 : 靖国刀匠
父影:田野辺探山先生鞘書 「梶山武徳 靖国刀匠靖徳也 同工昭和九年陸軍大将なら武次ヨリ武徳銘ヲ授名ス本作昭和拾参年行年五拾八歳時ノ作而 高見稔ノ需ニ應ジタル作也 雉子股茎而地刃ノ出来宜敷 蓋シ古作長船長光或ハ真長ニ倣ヒシ與 刃長 弐尺参寸弱 時戊子暦如月下澣 探山観并誌(花押)」
父影:わずかにヒケ・小錆がみられます。 母影:指表の腰元にわずかに小錆がみられます。 |