珍 品 | |
保存刀剣 NBTHK Hozon Paper |
No. A00011 |
白鞘 素銅一重ハバキ |
売 約 済 |
刃長 : 37.1cm (1尺2寸2分) 反り : 0.8cm (4分) 元幅 : 2.3cm 先幅 : 1.7cm 元重 : 0.5cm 先重 : 0.4cm |
登録証 : 東京都教育委員会 平成09年02月12日 |
国 : 山城国 (京都府-南部) 時代 : 江戸時代後期 天保14年 1843年 |
鑑定書 : (公)日本美術刀剣保存協会 保存刀剣鑑定書 平成18年08月31日 |
銘 : (刀身銘) やきたちは さやにをさめて ますらをの こころますます とくへかりけり 正三位有功造并詠 天保十四年秋 有文彫 為隆盛造之 |
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形状 : 鍛 : 刃文 :
帽子 : 彫物 : 茎 : 鎬造、庵棟、身幅細めに、重ねやや薄く、反り浅く、中鋒。 板目つみ、地沸つき、地景入る。 元を直ぐに焼だし、その上は互の目を規則的に焼き、互の目の中に葉入り、匂主調に小沸つき、砂流しかかる。 直ぐに小丸。 表裏に刀身銘の文字を陰刻。 生ぶ、先栗尻、鑢目勝手下がり、目釘孔一。 |
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説明 : 公卿:千種有功とその子:有文の世にも珍しい合作である。 有功は銘鑑では、幕末の公卿鍛冶。千種姓。有条次男。号を千々迺鶯蛙園・在琴など、仮称を橘蔭道といった。天保三年(1832)正三位に叙せられた。和歌は陳腐な堂上風にあきたらず、地下風を採り入れ、歌壇に一派をなした。余技として書画・茶道のほか、大堀寿秀や南海太郎朝尊を相手に、刀剣鍛錬にも手を伸ばした。刀身に自作の和歌「やきたちは さやにをさめて ますらをの こころますます とくへかりけり」と切ったものが多い。嘉永七年(1854)8月28日没、58歳。嫡子の有文も作刀したが遺作はまれ。 有文は銘鑑では、尾崎天龍子正隆(尾崎源五右衛門助隆の孫)門。千種有功嫡子。明治二年(1869)没。遺作はまれ。
刀身に彫られた、「やきたちは さやにをさめて ますらをの こころますます とくへかりけり」の和歌は、かなを漢字にすれば、「焼太刀刃 鞘に納めて 益荒男の 心益々 研ぐ可かりけり」であり、現代語訳すれば、「武士たるものは刀を鞘に納め、内面である心を研鑽すべきだ」という意味であろうか。当世の武士の精神訓を和歌にしている。
この脇指は、刀身銘の彫物も字体ひとつひとつが視認することができ、それほど研ぎ減りも見られずに状態が良い。 千種有功の正真と認められる作品は世に少なく、その子:有文の作品はさらに希少であり、有功・有文合作の本作はまさに珍品中の珍品といえる。 また、製作年紀も有功・有文父子を研究の上で好資料である。 注文主である「隆盛」なる人物については不明だが、姓を切らず名のみであることから有功・有文父子にとって近しい人物と推察される。 |