商品詳細

刀 長曽祢興里入道乕徹(新刀最上作)(最上大業物)

Katana [Nagasone Kotetsu Okisato]
特別保存刀剣
NBTHK Tokubetsu Hozon Paper
No. F00310
白鞘 金着二重鎺
乕徹大鑑(虎徹大鑑) 所載

刃長 : 71.6cm(2尺3寸6分強) 反り : 2.4cm(7分強) 

元幅 : 2.9cm 先幅 : 2.1cm 元重 : 0.6cm 先重 : 0.5cm 

登録証:

大阪府教育委員会
昭和29年12月7日
国: 武蔵国 (東京都・埼玉県・神奈川-東部)
時代: 江戸時代中期 寛文7年頃 1667年頃

鑑定書:

(公)日本美術刀剣保存協会
特別保存刀剣鑑定書
平成13年8月7日
銘: 長曽祢興里入道乕徹
形状 : 鎬造、庵棟、身幅・重ね尋常に、元先の幅さややあり、先反り高くつき、中鋒となる。
鍛 : 板目総じてつみ、少しく杢交じり、地沸微塵に厚くつき、地景太くよく入り、かね冴える。
刃文 : 直に焼出し、その上は浅い小のたれを基調に、互の目連れ、小互の目・尖りごころの刃など交じり、足太くよく入り、匂深く、沸よくつき、処々強くむら立ち、砂流しかかり、金筋目立って入り、匂口明るく冴える。
帽子 : 直ぐに小丸、共にさかんに掃きかける。
彫物 : (なし)
茎 : 生ぶ、先栗尻、鑢目筋違、目釘孔一。

説明:

 長曽弥乕徹は元、越前の甲冑師であり、明暦2年頃、彼が五十歳位の時、江戸に出て刀鍛冶に転じた。通称三之丞と称したといわれ、興里と名乗ったが、入道して「こてつ入道」といい、その初めは「古鉄」の字を用い、後に「虎徹」の文字をあて、さらに寛文4年8月からは「乕徹」の字を使用している。年紀作では明暦2年が最初期であり、その最終は延宝5年である。彼の作風は地鉄が強く、地刃が明るく冴えるのが特色で、その作刀の多くに焼出しがあり、作風も前期には瓢箪刃と称される大小の互の目が繋がった刃を交え、後期には、焼きの出入りにあまり変化が見られず、頭の丸い互の目の連れた、いわゆる数珠刃と呼ばれる独特の互の目乱れを焼いて、その技量は高く評価されている。

 この刀は、鍛えは板目が総じてつみ、杢が交じり、地沸が微塵に厚くつき、地景が太くよく入っている。刃文は直ぐの焼出しが見られ、その上は浅い小のたれを基調に、互の目連れ、小互の目・尖りごころの刃など交じり、足太くよく入り、匂深く、沸よくつき、処々強くむら立ち、砂流しかかり、金筋目立って入り、匂口明るく冴えるといった優れた出来口を示している。彼の後期作、すなわち「ハコトラ」期の作である。この期の作域は、前述のように、数珠刃を得意として焼いているが、本作も数珠刃風の作柄をあらわしている。常々のこの種の作に比して、沸が強く荒びた風があり、地景・金筋等の働きも目立っているなど、放迫で野趣に富んだ作風に仕上げている。地刃共に明るく冴えわたった乕徹会心の一口で、同工の本領が遺憾なく発揮されている。年紀はないが銘振りから推して、おそらく寛文7年頃の作と鑑せられる。

 乕徹大鑑(虎徹大鑑)のなかで佐藤寒山先生は次のように記されている。形状:鎬造、庵棟、先反りやや高く、中鋒、両区。鍛:小板目肌よくつみ地沸厚く、刃文:湾れに小具の目尖り刃交じり、中程上大乱れとなり砂流頻きりにかかり叢沸つき総体に匂口叢立ち、帽子:乱込掃かけ沸つく。茎:生ぶ、先栗尻、棟切、鑢目殆ど切に近く僅かに下り、目釘穴一つ。いおき入道はことら銘。時代:寛文七年終頃。

備考:

新刀 最上作

最上大業物

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